「ずっと、あなたになりたかったの」同窓会で輝く友人に引け目を感じていた私。だが帰り道、彼女がこぼした一言
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは関係ありません。

二十年ぶりの同窓会の帰り道、赤信号の前で美佳がこぼした一言に、私は動けなくなりました。いつもクラスの中心にいた彼女が、なぜ私に。答えは、私が忘れていた音楽室の午後にありました。
赤信号の前で
夜の九時を過ぎた駅前通りで、私たちは横断歩道の手前に並んで立っていました。
街路樹の電飾がやけに明るくて、美佳はマフラーに顎をうずめていました。
「ずっと、あなたになりたかったの」
冗談のような軽い声でした。けれど、彼女の目は笑っていませんでした。
信号が青に変わっても、私は一歩目を踏み出せませんでした。
なりたかったのは、私のほうです。三時間前まで、私はそう思いこんでいました。
三時間前、窓際の丸テーブル
ホテルの宴会場で受付を済ませると、名札を持つ手のひらが少し汗ばみました。
高校時代の美佳は、文化祭の実行委員長で、卒業式では答辞を読んだ人です。同じ吹奏楽部で三年間となりの席に座っていたのに、私はいつも彼女の隣で背中を丸めていました。
年賀状が途切れて八年。会場に入った私は、いちばん大きな輪の中心に彼女を探していました。
けれど美佳は、窓際の丸テーブルの端で、空いたグラスを静かに集めていました。
「ゆかり?髪、短くしたんだね」
仕事のことを聞いても「普通の事務だよ」と短く返し、すぐに私の近況をたずねてきます。
乾杯の挨拶を頼まれると、彼女は首を横に振って別の同級生に譲りました。そのあとは料理を取り分け、写真係を引き受け、誰かの話に相づちを打っていました。
私は記憶の美佳と目の前の美佳をうまく重ねられないまま、烏龍茶のグラスをもてあそんでいました。
二次会へ流れる人の波の中で、彼女がそっとコートを羽織りました。
「私、今日はここで帰るね」
気づけば私も、駅まで一緒に行こうと言っていました。
音楽室の、メトロノーム
「昔の美佳なら、乾杯の挨拶もしてたよね」
歩きながらそう言うと、彼女は小さく笑いました。
「あれ、ほんとはずっと苦手だった。答辞の前なんて三日くらい眠れなかったよ」
「全然、そう見えなかった」
「見えないようにしてたから」
そこで信号につかまり、彼女は前を向いたまま続けました。
「二年の秋の合奏、覚えてる?私、ソロを丸ごと飛ばしたの」
言われて、ぼんやりと思い出しました。先生がタクトを止め、部員の何人かがくすっと笑った音楽室。
「みんな笑ったのに、ゆかりだけ笑わなかった。クラリネットで、私が飛ばしたところを小さな音でもう一回吹いてくれたの。私が入り直せるように」
私は、そんなことをした覚えがありませんでした。
「放課後、ゆかりが一人でメトロノーム鳴らして、同じ四小節を何十回もさらってたのも知ってる。誰にも見せないで、ちゃんとやる人なんだって思ってた」
そして、あの一言が来たのです。
「……私は、美佳の隣にいると自分が小さく思えてた」
口にしたとたん、二十年ぶん喉の奥につかえていたものが、すっと通っていきました。
「なにそれ。お互いさまじゃない」
美佳が吹き出し、私もつられて笑いました。年賀状を出しそびれていたのも、二人とも同じ理由でした。近況をうまく書けなかったのです。
改札の前で連絡先を交換すると、彼女はホームへの階段を上りながら一度だけ振り返りました。

駅前の喫茶店
翌朝、台所でコーヒーを淹れていると、スマートフォンが小さく震えました。
「昨日はありがとう。久しぶりに、肩の力が抜けた夜だった」
メッセージの下には、来月の空いている日が三つ並んでいました。
私はいちばん早い日付を選び、部活帰りによく寄り道した駅前の喫茶店の名前を検索しました。
出てきたのは、三年前に閉店したという短いお知らせでした。クリームソーダの写真が一枚だけ残っていました。
少し迷ってから、そのまま打ちました。
「あのお店、なくなってた。新しいお店、二人で探そう」
返事を待つあいだ、カップを両手で包みました。窓の外では、ごみ収集車がゆっくり角を曲がっていきました。
すぐに既読がつき、「探そう。今度は私が先に見つけるね」と返ってきました。
ずっと比べてしまっていた人に、今ならどんな言葉をかけたいですか。そして、その人の記憶の中のあなたは、どんな顔をしているでしょう。
※この物語は、編集部が創作したフィクションです。登場人物・団体・出来事は架空のものです。
※イラスト・画像はイメージです(AI で作成)。